貧乏だけど中学受験〜するのか2023〜

共働き中流家庭、子沢山。長女・桜子を中学受験させるか悩みつつ、奮闘する(予定)ブログです。3年生9月から日能研通塾中!

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管理型中高一貫校の生活【前編】~ちゅりぷ子の中学受験⑯~

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最近、桜子の志望校探しをしていてよくわからなくなっています。
なんとなく以前は「自由でのびのびした学校がいいかな?」とか思っていましたが、やっぱり「管理型でお勉強きっちりの学校」もいいな、と思うようになりました。
何せ貧乏な我が家。
可能でしたら(いや可能な限り)、大学は国公立に行ってほしい。
そんでもって、中一から塾通いとかは勘弁してほしい・・・。
そうなってくると、「管理型でお勉強きっちり」の学校も捨てがたいとなるわけです。
でも、自分自身がそんな「管理型」の中高一貫校へ通っていたので、そういった学校にも思うところがあるわけで・・・。

今回は、四半世紀前の地方都市になっちゃうので大した参考になるかはわかりませんが、管理型中高一貫校の生活がどのようなものだったのか、振り返って書いてみたいと思います。
ちゅりぷ子の中学受験シリーズ最初はこちら↓
binbojuken2023.hatenablog.jp
ちゅりぷ子の中学受験シリーズ前回はこちら↓
binbojuken2023.hatenablog.jp

入学式で放たれた校長の驚きの言葉

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つらーいつらーい受験勉強を乗り越え、やっとこさ(第二志望だけど)入学したちゅりぷ子。
新しいピカピカの制服の胸にこれからの6年間への希望をいっぱいにして、入学式に臨みました。
そこで当時の校長が言った言葉が忘れられません。

「みなさんは、よい大学へ入るために、この学校へ入学したんですよ(意訳)」

新入生一同ポカーン( ゚д゚)でしたよ。
はあ?これからが私たちの青春の幕開けではなかったの??と。
志望校選びも親任せだった(というか地方で選択肢はなかった)ちゅりぷ子にとってみたら、校風なんて全く知らなかったため、青天の霹靂でした。
つい先日まで必死こいて勉強してきたのに、まだ勉強させる気なの?この学校は、と。
そして、その通りの毎日が始まるのです。

休日少なめ、勉強の毎日

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さて、不安な幕開けとなったちゅりぷ子の中学校生活。
あの後も、ことあるごとに校長先生は「良い大学を目指すことがあなたたちの使命だ」的な話をしました。
これは6年間の間に校長が変わってもそんなに変化はなかったかな?
知らずに入りましたが、受験少年院のような中高一貫校だったのです。

ほぼ毎日7限授業

ほぼ毎日7限授業でした。
お昼を食べてあと3限受ける・・・慣れるまでしんどかったですよ。
そして、頻繁に「補習」や「補講」がありました。
ついていけない子を集める場合もありましたし、塾代わりになるような選択授業も施されました。
親の視点になってみるとなかなか魅力的ですが、当事者だった当時は地獄でした。

土曜日も毎週授業

ちゅりぷ子は大枠でいうとゆとり世代です。
小学生の途中から月に1~2度土曜日(第二と第四)が休みになっていました。
そのリズムでいたのに、入学した途端当然のように土曜日は毎週お昼まで授業でした。
別の学校に行った友達が土曜日休日を満喫している中登校するのは結構つらかったです。

試験期間は長め

試験期間は大体1週間(5日間)でした。
それが当たり前だと思っていたら、公立へ進んだお友達に「うちは3日間だよ」と聞かされ驚愕しました。
科目数も随分違ったことを覚えています。
まあ、これは私立中学ならどこもそうでしょうね。

夏休みは極短

待ちに待った夏休み。
ここでも絶望が待っていました。
前期夏期講習、後期夏期講習が学校で行われ、中一と中二はどちらか、中三からは両方でした。
両方出ると、夏休みは1週間ぐらいです。
世間の学生が遊び惚ける中、毎日汗だくで登校し、夕方まで勉強。
辛すぎました。
これが一番つらかったかも。
長い夏休みというのは大学生になってからでしたね(小6の夏以来実に6年ぶり)。
唯一よかったのは私立だったので冷暖房完備だったことぐらいです。

やる気のない副教科と部活動

お勉強に心臓を捧げよ!と言われていた私たち。
大学受験に関係のない主要教科以外のこと、副教科や部活動はなんともやる気のないものでした。
体育もあまり熱心にやった記憶がないです。
プールはたった1日近くのスイミングスクールを借りてとり行われたぐらい(しかも中二まで)。
副教科もあまり熱心ではなかったことが子供ながら伝わってきました。
あまり思い出もないですね。

部活動については、部活禁止期間もちょいちょいありましたし、どの部活も弱小。
先生たちもあまり部活動を熱心に推しません。
なんなら頑張りすぎると怒られるぐらい。
かといって、化学部物理部なんかが人気というわけでもなく。
とにかく家に帰ってしっかり課題や予復習しなさいという空気でした。
ここは管理型でもカラーが出ると思います。
ちゅりぷ子が行った学校はそんなテンションでしたね。
高校に上がるとますます体育や部活は息抜きのお遊びタイムという感じでした。

厳しい校則・服装チェック

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校則もいろいろあり、服装チェックも定期的に行われました。
スカート丈、髪の色、第一ボタンをきちんと閉めているか、指定ソックスを履いているか、などなど。
なかなかの締め付け具合。
鞄もコートもベストもセーターもぜーんぶ指定で、自由度0!て感じでした。
毎月1日は校門のところに厳しい強面の先生が立ち、一人一人違反者がいないかチェック。
そこで違反が見つかると、直すまで中に入れてくれませんでした。
友人の1人が髪の毛を染めて登校したら、染め直すまで中に入れないと言われ、おうちに帰って真っ黒に染め直して午後登校してきましたね・・・。
私立の一貫校としては当然なのかもしれませんが、高校生ともなると締め付けが窮屈すぎて、生徒たちの不満はなかなかのものでした。

やはり合わない人もいた・・・

高校へは原則上がれますが、一応連絡試験を受けました。
最低基準を下回ると落ちるとのうわさを聞き、かなり勉強した覚えがあります。
その連絡試験を受けにこない生徒が数人いました。

幾人かはさらなる高みを目指して国立高校を受験。
幾人かは校風にどうしてもなじめず、県立高校を受験。

そして、どの受験も失敗してしまったのか、ちゅりぷ子の学校を外部受験して再び入学してきた子もいます。
そう、この受験少年院、完全中高一貫校ではなく、併設型中高一貫校だったんですよね。
当時の地方はあまり完全中高一貫校はありませんでした。
多くは高校受験もやっている私立。
ただし、ちゅりぷ子の学校は一貫生と高入生はまったく混ざらない形の学校でした。
なので、外部受験した子は、同じクラスにも、一貫カリキュラムに戻ることも不可能でしたね。

そして、外部へ出た友達に話を聞くと、やっぱり学校が大嫌いになっていた模様でした。
締め付けが厳しいのを嫌う子もいましたし、勉強ばかりさせる環境に嫌気がさしたという子もいました。
勉強嫌いになってしまって、大学受験しなかった友だちもいます。

管理型の学校ものびのび型の学校も本当に子どもを選ぶと思います。
親は本当に子どもに合うのはどっちなのかしっかり見極めないといけませんね。
別に合わないとまではいかなかった根がまじめなちゅりぷ子ですら、こんだけ不平不満があったわけで。

とはいえ、なんだか灰色の思い出ばかりになってしまいました。
後編では、管理型学校でよかった点などにも触れてみたいと思います。

つづく。

続きの後編(ちゅりぷ子の中学受験⑰)はこちら↓
binbojuken2023.hatenablog.jp