貧乏だけど中学受験〜するのか2023〜

共働き中流家庭、子沢山。長女・桜子を中学受験させるか悩みつつ、奮闘する(予定)ブログです。3年生9月から日能研通塾中!

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問題だらけの「パパ塾」〜ちゅりぷ子の中学受験④〜

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ママ塾を開いている我が家。
中学受験ではママ塾の方が主流でしょうか?
でも最近は熱心なパパのブログも多いですし、パパ塾も多いのでしょう。
私ちゅりぷ子自身はパパ塾出身。
今回はその様子です。
前回の話はこちら↓
binbojuken2023.hatenablog.jp

ちゅりぷ子の父

ちゅりぷ子の父は前にも書きましたが、東大卒の高学歴エリートです。
しかし苦労人で貧乏家庭育ちのオール公立、塾すら浪人の予備校一年間のみという人。
幼児から教育熱心な母とは裏腹に、出来る子はどんな環境でも出来るという考え方です。

ちゅりぷ子が桜子を三年生の秋から塾に通わせると知って反対した人物です。
「そんな小さな頃から塾なんて行っても意味ない。5年生からで十分だろう」
なんて言われました。

ちゅりぷ子に対するスタンスもそうだったようで、中学受験もそこまで乗り気じゃなかったですし、塾もしぶしぶ五年生の春にやっと入れてもらえました。

幼児から前のめりで教育熱心だった母をおそらく冷ややかな目で見ていたと思います。
出来る子は出来るようになるし、出来ない子は何やっても無駄との考え方だったので。

そんな面を持ちつつ、亭主関白で古い考え方。
短気で激昂型の人。
母に手をあげることだけはありませんでしたが、よく怒鳴っていました(今も(^_^;))。
私は幼児の頃から怒鳴られ殴られて育ちました。
今だと完全な虐待。
外に出されたことも数知れず。
小さい頃は怖くてたまらない存在でした。

三年生でパパ塾スタート

そんな父ですが、ちゅりぷ子三年生のときに突然スイッチが入ります。

「勉強するぞ!」

の掛け声とともに、土日に定期的にパパ塾が開かれるようになったのです。
スイッチが入った理由はよく知りませんが、恐らく母が焚きつけたんじゃないでしょうか。

まあ、これがひどいパパ塾でした。
問題が解けないと殴る怒鳴るの嵐。
完全なる教育虐待&児童虐待です( ´_ゝ`)

できないと怒鳴られるか殴られるかなので、集中して考えられず、さらに怒鳴られ殴られるという負のスパイラルにしょっちゅうハマってました。
父は中学受験未経験だし、自分はよくできたので、勉強が出来ない者の気持ちや、三年生女子のレベル感なんて分からなかったと思います。

まあ、筆舌に尽くしがたいほどにひどいパパ塾でしたね。

パパ塾の内容

ちゅりぷ子にとって悪夢のようなパパ塾。
涙と痛みでよく覚えていませんが、なんか算数ばっかりやっていたような気がします。
自由自在や応用自在というやつをやっていたような…。

今も自由自在ってあるんですね~!

国語もやっていたのかな?
あまり覚えていませんが。

例題を父と解き、父が解説。
類題や演習問題を自力で解き、解けないと

「さっき説明しただろ!」
「考えろ!考えないから解けないんだ!」
「真剣になってないから分からないんだ!」

などと怒鳴られ殴られるという悪夢な時間でした。
分からないもんは幾度説明されても分からないものです、凡人には。
その辺りの感覚が欠如していた父。
ぜーんぶ自分基準で怒ってました。

さっさとサジを投げてくれたらいいものを、めげずに毎週パパ塾は開講されたのでした。
ちゅりぷ子が入塾するまで2年間も……。

パパ塾の弊害

父のパパ塾、いろいろダメなところがありました。
まずひとつに、ちゅりぷ子を萎縮させてしまった点です。
勉強=嫌な事、と植え付けられました。
「勉強するぞ!」の一言で震え上がったもんです。
よく中学受験を走り抜けグレずに育ったもんだと、自分を自分で褒めたいです。
この後、受験少年院みたいな中高に入るのでもう麻痺してしまったのでしょう( ´_ゝ`)

そして、貴重な脳細胞を多数失ったのが2つ目の弊害。
まあ、よく殴られました、頭を。
殴るというより叩くですが。

「あんだけ叩かなかったら東大行けたかもね」

と今でも嫌味で父によく言います。
頭を叩いては絶対にダメです。
他の場所だってダメですが、頭は本当にダメ。
脳細胞が衝撃で死ぬそうです(>_<)
この2年間でほんと沢山失ったんじゃないかなぁ。

そしてもっともダメだったのが、父の教え方でした。
殴る怒鳴るのことではなく、算数の教え方です。
中学受験を経験していない父、全部X使って解く方法を私に叩き込みました(>_<)
方程式を使いこなす小学生のいっちょ上がりです。
中受勉強でやっちゃダメなこと全部やっちゃったんじゃないかな?父は。

現在ちゅりぷ子はすべて反面教師にさせてもらっています( ´_ゝ`)

東大生の記憶に残るちゅりぷ子

ちゅりぷ子は大学生の頃、地元の優秀な男子学生だけが住まわせてもらえるという東京の寮へ遊びにいきました。
そこには早慶、都内国立大学の学生しか住んでいません。
中高の同級生が沢山住んでいたので遊びに行ったんですが、そこで1人の東大生と会いました。

「あ、あのX使って解いてた人!」

そう、塾のクラスメートだった男の子でした。
違う中高へ進み、それっきりだったんですが、まさかこんなところで再会し、こんな風に呼ばれるとは…(名前は忘れられていた)。

塾に入ってもなかなか方程式で解く癖が抜けず非常に苦労したちゅりぷ子です。
塾のクラスメートに何年経っても覚えておかれるほどに( ´_ゝ`)

ちゅりぷ子の塾のクラスメートは東大京大にバンバン入りました。
何せ、塾で一番よくできるクラスでしたからね。
まあ、その話はおいおい。

ちゅりぷ子の中学受験⑤を読む↓
binbojuken2023.hatenablog.jp