ちょっと前まで寒かったのに、なんか最近の日中は暑いですねw
薄手の長袖をすっ飛ばして半袖着ているちゅりぷ子です。
年々、春と秋が失われているような・・・。
たくさん読書する宣言をし、いつもより読書量の増えている今日この頃。
直近で読んだ中で、印象に残った1冊です。
子どもがいる人ならぜひ読んでみてほしい!(どんな年齢でも!)
『子どもの体験 学びと格差 負の連鎖を断ち切るために』概要

それはこちら!
我が家には高一の桜子がいるので、大学入試がチラつき始めております。
総合型選抜の話なんかも耳にするようになり、めっちゃ気になるタイトルでした。
我が家には下に小学生が二人もいるのでより気になりました。
概要と作者
Amazonの概要はこうです↓
「体験格差」という言葉の響きがもつ薄気味悪さを手がかりに、
大人たちを「体験の詰め込み教育」に駆り立てる「呪い」の正体に迫る!大学入試の変化や非認知能力ブームで、子どもの体験までもが課金ゲーム化している。親たちは体験の詰め込み教育に駆り立てられ、子どもたちは格差意識を刷り込まれる。まるで「体験消費社会」だ。
体験をたくさんしたほうがいいと煽られた結果、お金のある家庭の子どもたちはたくさんの習い事をさせられ、かたやお金のない家庭の子どもたちは遊ぶ相手すらいない状態で地域に残される……。そんな、小学生たちの放課後の分断が、あるNPOの調査結果から浮かび上がってきた。
著者は、100年以上の伝統があるキャンプから、プレーパーク、無料塾、駄菓子屋さんまで、体験を通した子どもたちの学びの現場を訪ねる。現場からは、「体験格差」という概念そのものに対する疑念や困惑や批判の声が相次いだ。
本書は最後に、体験消費社会に対して3つの警告を発する。著者が発する3つの警告について、体験格差解消を掲げて活動する複数の団体からの回答もそのまま収録されている。
少し前からよく耳にしていた「体験格差」。
家庭の経済状況によって、子どもたちの「教育」のみならず「体験」に「格差」が生まれていて、それが将来にわたって大きく影響している、みたいなやつですね。
経済格差が教育格差だけではなく体験格差を生んでいる、的な話を数年前からよく耳にするようになりました。
誕生日にろうそくを立てたケーキを食べたことがないとか、遊園地に行ったことがないとか、そんな話です。
それが広がって、総合型選抜入試の割合の高まりなどとともに、「子どもが何を経験してきたか」「親がどんな経験をさせてあげられているか」みたいなところによりフォーカスされるようになりました。
勉強だけさせていればいいんじゃないんです。
ガリ勉は忌避される風潮すら昨今あります。
大学を受けるタイミング、就職活動をするタイミングで、どれだけ「豊かな経験」を積めているか、それが重視される世の中になっている向きを感じます。
経済的に豊かな親たちは幼少期から「豊かな経験」をできるだけ多く積ませようと躍起になります。
「経験」できる子とできない子の「体験格差」はどんどん開き、それが受験や就職においての有利不利も生み出して見える構造。
決して裕福ではない我が家としては焦りすら覚える現象です。
でもこの本は、その「体験格差」という現象に一石を投じる著作でした。
作者は中受界隈ではお馴染みの、おおたとしまさ先生!
ちゅりぷ子も数々の著作を読んできました。
教育(特に中学受験)界隈で一家言のある方です。
『勇者たちの中学受験』はリアルすぎて心臓がバクバクするので、受験生のいる家庭は心の準備をしてから読んでくださいねw
binbojuken2023.hatenablog.jp
ちゅりぷ子の感想
ここからはちゅりぷ子の率直な感想です。非認知能力に対する誤解
「体験格差」以上に昨今よく耳にする「非認知能力」という言葉。
『世の中で「成功」するために必要な能力は「非認知能力」である』『幼少期にいかに「非認知能力」を高められるかが大事!』みたいな認識が世の中(特に子育て界隈)でまことしやかに言われています。
でも、非認知能力って本当は何か知っていますか?と著書では投げかけられています。
ざっくりと学力では測れない能力のことだという理解でしたが、細分化していくと膨大な種類の能力のことで、おおた先生流に言うなら
「これからの時代をたくましく生きていくうえで子どもたちが身につけるべきだと大人が思い込んでいる、存在するかどうかすら怪しい曖昧な力すべて」
とのことw
そんな曖昧な力(定義もないような幅の広い能力)であるにもかかわらず、親である私たちは「非認知能力を身につけるためには〇〇をさせると良い!」とか「▲▲で子どもの非認知能力が高まる!」みたいな話に飛びついていたわけなんですね。
しかも「体験」と言う名の消費行動で身につくと信じ込んでいるという・・・耳の痛い話が書かれていました。
「体験ブーム」は親の強迫観念から?
子どもにとにかくさまざまな「体験」をさせなくてはという親たちの思い込みから、昨今は空前の「体験ブーム」。
それがどういう心理や構造からきているかということも書かれていました。
競争社会に身を置く親が子どもを「負け組」にしたくないと、強迫観念からさまざまな「体験」をさせたがる心理。
そこにつけ込む消費社会。
子どもたちは「体験させられ疲れ」による心身の不調まできたすケースもあるのだとか。
最近の親は我慢が苦手で、自分の「不安」を少しでも早く解消しようと躍起になると、おおた先生は警鐘を鳴らしています。
親は子どもが負け組になってしまうのではという「不安」をすぐに解消したくて、子どもたちに過剰なまでの「体験」を押し付けてしまうのだそうです。
うーむ、闇深いですね。
総合型選抜入試に必要な「体験斡旋」?
総合型選抜入試の導入により、「体験ブーム」はさらなる高まりと新たな業種を生んだそうです。
それが、総合型選抜入試対策塾による「体験斡旋」ですw
「体験斡旋」ってすごいですよねw
入試から逆算して必要な「体験」を子どもに斡旋する(その後小論文や面接対策をする)。
総合型選抜が導入された背景から考えるとまさに本末転倒なような現象が起きてしまっているようです。
先生も似たようなこと書いてますけど、「体験」ってすりゃいい、与えればいいってもんじゃないよな、というのが率直な感想です。
体験した子どもが「どう感じてそれをどう活かしていくか」が重要なわけであって、お金を積めばその「結果」が得られるわけではないですよね(本でも書かれてますけど、「結果」を親の思うように誘導しようとしてもあまり効果はない)。
先述の「体験させられ疲れ」状態の子どもにしてしまっていたら、不感症状態なわけで、いくら「体験」だけ斡旋しても時間とお金の無駄でしかないです。
格差社会を是正するには?
では、日本でも広がり分断を感じる「格差」を是正するにはどうしたらいいのか。
先生の論では、今の競争社会自体が否定されていて、
”生まれ”による影響さえ打ち消せれば公正な競争が実現すると思い込んだままだと、そっちに希望を感じちゃう
ため、社会の現実を変えるしかない、と唱えています。
教育格差というと教育問題のように思われがちなんですが、本質は、教育を受けたあとに待っている社会の豊かさとか平等性の問題なんだと思います。
本来的に変えなければならないのは、教育の結果得られた”能力”のように見えるもので大人になってからの収入や社会的地位が決定づけられてしまうしくみではないか。
職業に貴賎はないのだから、人間がそれぞれ得意なことを活かしながら生きていき、能力の高い人間が分け与える社会を作るべき、と。
言いたいことはわかります。
学力(いわゆるペーパーテストで測れる勉強面の能力)はどうしたって遺伝や環境によって平等にすることは難しいのだから、学力の優劣で人間としての優劣までが決まる今の競争社会はおかしい、ということですよね。
出自や能力面を躍起になって平等にしようと頑張るよりも、一人一人が平等と認められない社会の方を是正していくのが良い、ということ。
すごく理想的な話だし、実現したら良いなとも思うのですが、やっぱりユートピアすぎて、ちょっと現実味がないなと思ってしまいました。
どんな「体験」をさせたら良いかに夢中になりがちだけども
本書の中で繰り返しおおた先生は、子どもに「どんな体験をさせるか」よりも子どもが体験を通じて「どんな幸せを見つけるか」が肝心だと言います。
どんな時に自分は喜びを覚えたり、夢中になれたりするのか、どんなことが得意なのか、苦手なのか、そんな「自分への理解の深まり」が子ども時代に一番積むべき「体験」なのでしょう。
また、体験消費社会へも警鐘を鳴らしています。
体験格差という言葉が使われるとき、体験にお金が必要であることが前提になってしまっているのはおかしいのではないか。
私たちが勝手に「体験」という言葉の意義を狭めて使ってしまっている(=習い事、旅行、など)ということなんですね。
もっと「体験」させないと、子どもが競争社会で負けてしまいますよ!という不安をさまざまなサービス提供会社から煽られ、消費を重ねる親たち。
なんというか、資本主義と競争社会に踊らされているということなんですね。
子育ては「与える」より「待つ」「見守る」が肝心なのかも
3人子どもがいるとはいえ、まだまだ未熟者のちゅりぷ子。
この本ではあらゆる点で感銘を受けました。
ついつい、我が子可愛さでなるべくいろんなものを与えてあげたいし、経済的に与えてあげられない場合は悔しい思いをしてしまいます。
でも、子育てで大事なことって、「与える」よりも「待つ」だったり「見守る」なのかもなーと思わされました。
この本に限らず、あらゆる本を読んでみても感じます。
買って与える、とかって簡単ですよね。
お金さえあればできます。
でも「待つ」とほぼ同義ですが「見守る」って結構難しいです。
日々痛感します。
待てない、ついつい口出ししちゃう。
見守れない、ついつい正しちゃう。
それって自分が自分の「不安」をいち早く解消したいからゆえですよね。
不安を抱えつつも「待てる」親っていうのはすごいです。その忍耐力に尊敬しかないです。
また、与えてばかりいると本当に受け身な人間ができてしまうんだろうなと強く思います。
受け身で自己理解ができていない人間、仮に良い大学を出たとしてもろくな大人になりません。
「体験格差」という現象から、社会のあり方の歪みを感じたように、「体験ブーム」というものから子育ての在り方についても深く考えさせられる本でした。
本書のおおた先生は辛口で切れ味がかなり鋭くて読んでいて楽しかったです。
