貧乏だけど中学受験〜するのか2023〜

共働き中流家庭、子沢山。長女・桜子を中学受験させるか悩みつつ、奮闘する(予定)ブログです。3年生9月から日能研通塾中!

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期待外れな幼少期〜ちゅりぷ子の中学受験②〜

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前回の続きで、私ちゅりぷ子の中学受験を振り返ります。
前回↓
binbojuken2023.hatenablog.jp
今回は年中さんで入った公文とヤマハのことです。

期待していた母

ちゅりぷ子がまだ未就園児の頃、母は娘の可能性を感じていたようです。
桜子と同じく初語が早く、お友達よりもペラペラとおしゃべりしていたそう。
物覚えもよく(知育ドリルでもやっていたのかな?)、どうも賢いと思っていたようです。
やっぱり東大卒夫の子供だわ!とでも思っていたのでしょうか?(^_^;)

まずはヤマハ音楽教室がスタート

で、社宅の親子数組とともにちゅりぷ子をヤマハに入れました。
教育ママあるあるなんでしょうか?
やっぱり子供の脳の発達には指先が〜云々があったかどうかは知りません。
で、今もですがちゅりぷ子、めっちゃ不器用です。
たぶん父譲り。
まあ、エレクトーンなんて上手に弾けません。
指動きません。
しかも音痴。
これも父譲り(^_^;)
音痴でも東大は行けるみたいですね。
歌は下手くそ音程取れないしリズム感も無い。

結果どうなったかというと、一緒に入室した社宅仲間のうち、ちゅりぷ子とダメな男児の2人だけ、発表会で鈴でした( ´_ゝ`)
他の子はみんなエレクトーン弾いてましたよ、ええ。
発表会を観に来てくれた父も祖父母も「ピアノ習ってるはずなのになんで鈴?」と不思議だったことでしょう。

母は挫折感を味わった

利発そうに見えた一人娘をお友達とヤマハに入れたらダントツで出来なかった…。
母は挫折感を覚えたと思います。
ちょうどその頃幼稚園で運動会もあり、これまたダントツで足の遅いちゅりぷ子を見て、さらに絶望したんじゃないでしょうか。
足が遅い、運動全般ができないのは、完全母譲りです(父はスポーツマンです)。

母の置かれた環境がよろしくなかったと思います。
社宅で同級生ベビーママばかりとつるんでいた。
専業主婦で下の子もおらず(ちゅりぷ子年長さんで妹誕生)、ちゅりぷ子一辺倒になった。
そのちゅりぷ子が運動も音楽も壊滅的に出来なかった。
自己肯定感が打ちのめされたのかもしれません。
母は一応音楽系の短大を出ているので、音感のない娘も理解しがたかったんだと思います(^_^;)

で、母は最後の望みにかけたのでした。
勉強だ!勉強で勝つしかない! と。

もうね、社宅の仲間とつるんでたのがマジでダメだったと思いますよ(・∀・)

公文式に入る

てなわけで、最後の砦感で年中の秋だかに公文式を開始したちゅりぷ子。
田舎の田んぼや畑の中の道を10分ほど歩いて通ってました。
なんと1人で。
昔って大らかというか無警戒というか、放任ですよね。
今思い返してもゾッとします。
誘拐されなくてよかった(^_^;)
ちょうど母も妹を妊娠していて送迎辛かったんじゃないかな?

国語と算数を週二回通っていました。
社宅のお友達が複数先に通っていました。
みんな公文式と書かれたオリジナルのトートバッグを持って通っていました。
男の子は青、女の子は赤です。
今でもはっきり覚えています。
なんたって憧れのカバンでしたから。

またも絶望する母

ちゅりぷ子の通っていた教室だけだったのかは知りませんが、ある程度の教材まで進むとそのカバンがもらえるシステムでした。
今思うと小学1年生の範囲に入ったらなのかな?と思います。
ちゅりぷ子、入ってしばらく幼児向けと思われるなぞり書き?(波線や丸をぐるぐるするやつ)ばかりやっていた気がします。

先に入室した社宅のお友達はさっさとカバンをゲットしていました。
母はそのことは気に留めていなかったそう。
しかし、事件はちゅりぷ子入室数ヶ月で起こりました。

ちゅりぷ子家の下の階に住んでいた仲良しのAちゃん、ちゅりぷ子が公文式に通い出したのを知り二ヶ月遅れぐらいで入室しました。
Aちゃんママは渋ったそうですがAちゃんが習いたいと大騒ぎして根負けしたそう。
もうそこからして、ちゅりぷ子とAちゃん、ポテンシャルが違う・・・。

ちゅりぷ子は一緒に通えてルンルンでしたが、すぐに事はおきました。
読んでるみなさんご想像の通りです。
Aちゃんが先に憧れの赤カバンをゲットしたのです(>_<)
ちゅりぷ子は何ヶ月経ってもそのカバンで通えませんでした。
またあのヤマハのとき一緒に鈴を持たされたダメ男児とともに(^_^;)

赤カバン、青カバンを持って歩く社宅のお友達の中に、それを持てないでいるちゅりぷ子(とダメ男児)。
母は

「あのときはほんとに辛かった」

と今でも言います( ´_ゝ`)
お勉強だけではみんなの優位に立てると思っていたそうです。
それも幻想に終わりました。
ちゅりぷ子は何やらせてもダメな幼児だったのです。

母のダメなところとちゅりぷ子のその後

母のダメなところは、再三書きましたが、仲良し仲間と同じ習い事をさせたこと。
いやでも我が子とお友だち、比べてしまいますよね。
ほんと、よくないと思います。
同じコミュニティの子とはあえて別の習い事にすべきです。
しかも複数一緒に習わせるなんて言語道断です。
我が子のダメさが浮き彫りになるじゃないですか(泣)

ちなみに、運動ダメ、音楽ダメ、お勉強ダメの三重苦状態のちゅりぷ子ですが、父のような東大とはいきませんでしたがそこそこ難関で有名な大学を卒業するにいたりましたよ。
幼児期ではまだ何にも分からないと思います。
あ、でも音痴で運痴は今も同じです(笑)

次回はちゅりぷ子低学年時代のお話を書きたいと思います。
乞うご期待!
続きはこちら↓
binbojuken2023.hatenablog.jp